11月11日はポッキーの日、または、芋けんぴの日らしい。紅葉が色づき始めて、歴史家の先輩と 武田家の末路を辿る小旅行に出掛けました。聞けば昨日も奥多摩方面に史跡巡りで出かけていたとのことです。

景徳院 ここは武田勝頼、奥さん、息子、終焉の地です。後に徳川家康が寺を建てたとのことです。山裾からは沢の音が聞こえ、織田勢の追手と戦う中、女性はこの沢に身を投げ、勝頼、夫人、息子は自害開いたものの首を取られ、京都で晒しものに遭うのです。ご夫人は当時19歳。勝頼は落ち延びよ。と指図したものの聞かず、勝頼と運命をともにしたのです。3人の墓があり、勝頼の墓は少し削られていて、出兵する時に削り武運長久のお守りにしたとのことでした。

天目山栖雲寺

臣下の武将 小山田に裏切られた勝頼はこの寺を目指して敗走をしていました。武田氏の菩提寺です。巨岩地帯をそのまま庭にして遠くまで見通せる景色は富士山も見えるそうです。恐らくここに逃げおおせても織田勢の追手から逃げ切ることは難しかったと思います。景徳院と同じ沢の音が聞こえます。

 

雲峰寺

ここは大菩薩峠の中程にあります。主君を討ち取られた武田の兵が風林火と日の丸の旗などの遺品を持って山を渡りこの寺に上納、逃げ延びてきました。この石段を追手が来やしないか、寺に先回りされていないか不安な気持ちで訪れたのでしょう。上納の後、農民として居着いたとのことでした。命を継いだ方が近くにお住まいなのだろうと思います。

歴史家の先輩の知識量が凄まじく、武田に関するすべての書籍を読破していてこれらのお寺も数度訪れているとのことでした。先日、朝倉家に関する全ての本を持ってるとおっしゃっていましたので、いったいどんなんなっているのか。

沢の音、石段、当時の敗走の衆も同じ音、同じ階段を登ったと思うと心が痛みます。1500年代後半のこと。500年前の出来事で、あまり遠く感じません。

おすすめの記事