にわか選挙戦で明日期日前投票をするんだけれども、ねー、私どこに投票したら良いの?好きなところに入れればいいじゃん。

聞こえてくるのは名前の連呼、YouTubeの利用が有効と知るやショートのキャッチーな言葉の羅列。それらを批判するのは簡単だけれど、SNSの普及のせいか、自分自身目が悪くなって長文の文章が読みにくくなってしまったせいなのか、接点を持つ人が少なくなったせいなのか、短絡、拙速、思考不足に感じることが増えて、唯一、ローラとの会話で考えることを補っている始末で健全じゃないんだよね、きっと。

世耕さんは大学の先輩で同じ会社、同じ時期に本社にいたりもしたので、どんな演説してるのか、それもYouTube で探してみたら、出てきたんだけれど、バイパス建設を実現するとか、あれとこれを繋いだのは俺だとか、そういう話が続いて、随分とレトロだな。

一応、小泉さんのも見てみたりすると、観客にウフフみたいなことを演じるような、俺は余裕のある政治家なんだよぶって、これもどうなんだろうな。

いずれも切り取った情報ばかりをみている自分だから、本当は違うメッセージを出しているのかもしれないけど、全く響かない。

恐らく国民は物語を欲しがったいるんだよな。物語の内容によってはとっても危険なんだけれど、それでも物語が欲しいんだよ。

今日も1日畑の片付け、いつも以上に頑張るRyoko 、町田のイモキチ屋さんから連絡が入り、今度の日曜日に直売所で壺焼き芋とチップスの作り方の指導をして頂けることになった。普段なら、ちょっともうたいへんよ、とか、スケジュールが組まれるたびにブーブー言うのだけれど。言わない。

新しいビジネスに入る前に、王道の、というか、アクセンチュアとか野村総研がよくやるマーケティングの手法でみんなの意見を深く確認したんだけれど、Ryokoがやるべきテーマとして社史編纂をあげていて、Bunsenには全くその回路が無かったので驚いたのです。

今まで3年、研修含めて5年、太陽光の脅威、青野原の皆さんとのコミュニケーション、直売所での販売、それからこれからのこと、畑を片付けるたびに、風呂上がりのような表情を見せる畑。

社史編纂って、物語を感じている、あるいは、感じたいと思ってるんだろうな。長く、しっかりとした物語を紡いでいきたいんだろうな。

恐らくそれぞれの国民は日本をして物語を紡ぎたいと思ってるんだと思うけれど、迎合的な話や、短絡的な提案では、正直寒々しい。

こういうマーケティング手法は、知ってはいるものの面倒に思っていたけれど、目が悪くなって自分にできる範囲が限られてくると、他の人の思いを丁寧に汲み上げる重要性に気づいて、改めて、大事なんだなと気づく。

今までいかに短絡的であったか。

名前を連呼する政治家。もうちょっと深く歴史観や哲学を持ってほしいよな。それから短い情報をつなぎ合わせてSNSの世界で生きている若い世代にも、長文の物語を読み込むとか、やってほしいよな。人の気持ちが少しわかるようになると思う。

反省も含めて。

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