ISO、いわゆる国際規格。電池のサイズとか、世界的に共通だと便利だね。という考え方で規格を統一していく営みだが、工業製品のみならず、マネジメント方法などに規格の範囲は及んでいる。規格通りというのはすなわち安全であり価値のあることで、東南アジアの工場などでは、企業としての信用不足を規格を取得することで補おうとしたりする。

農業では、農協が生産物を規格に分類して、価格差をつけるし、ダメなやつは受け付けない。農薬散布回数などの基準も設けられて、マネジメント部分も規格化される。外れものは農協がコントロールする市場には乗らず、直売など異なる販路を探さないといけない。

有機栽培などは虫食いがありがちで、農協ルートからは排除される。最も安全な生産物なのに。

規格化すると規格に乗らないが良い物が排除されてしまう。規格は価値であり、価値を決めるのは消費者であり、消費者の価値基準が安全を志向しつつも、美しい生産品、必要以上に糖度の高い生産品を求めていて、多くの場合、安全とそれは背反する。消費者の価値観も実はいい加減でうまくコントロールされてしまう場合もある。

自然本来の生産品はさっぱりした味わいでコッテリはしない。メロンとマクワウリの違いみたいな違いだ。マクワウリをメロンより価値があるとする消費者はあまりいない。

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