



横浜。長者町に生まれて、山手駅近くの小学校、中学校に通って、高校生からは、豆口台に住み、大学の頃、1年だけ都心で暮らしたものの、以降ずーっと横浜で暮らして、最近は藤野中心に暮らしています。多くの時間を青野原で過ごして人のつながりは青野原の皆さんとの繋がりが深くなって来ました。
先日Ryokoと中華街の萬珍樓で昼食をとったのです。萬珍樓、華正楼、聘珍楼、このようなところで食事をするのは横浜の人として大切な時、他県の人をご接待する大事なお店なのですが、店員さんに元気がない。聘珍楼は既にシャッターで閉ざされ、一体どうしたんだろうか。人は混んでいるけれど修学旅行生ばかり。
港の見える丘公園といえばカップルが盛り上がりすぎて人目も憚らず抱き合ったりとか小学生の頃はそれを見るのが楽しみで同級生とよく遊びに行ったのですが、その光景は今はないです。
青野原では休耕地が増えて高齢化を実感するけれど何やら横浜も様子が変だなと感じます。ディープさがなくなってきている。綺麗だけれど上っ面でエネルギーが弱い印象です。そういえば会社でもそれを感じていました。社員の会社へのロイヤリティの低さ、仕事の実現力の低下。
見た感じ綺麗になり、整ってきているのだけれど深くなくエネルギーに乏しい。
先日、東京で時間を過ごす必要があって徘徊したのだけれどマックではオーダー、支払いに戸惑い、ドトールでは席がなく相席で落ち着けなく、寒い中上野公園でベンチに座って、自分の居場所がないなと寂しくなりました。喫茶まで合理的になってしまったんだな。
青野原、横浜、東京、土地柄は別々なんだけれど何かがちょっと違ってきているように感じます。ただ、青野原の様子は人が少ない分、濃くて、むしろ正常なのではないかと。サニーレタスの収穫をしていたら、地主さんがレタス、白菜、うまく作ったね。こないだ枝打ちしてさ、クリーンセンターに持ってったら休みで困ったんだよ。雑談が始まります。
コーヒー持って座る席を必死で探す東京のドトールよりも寒い畑で雑談する方がはるかに人間らしい。萬珍樓のランチ、せめて、そこにはワクワク感、居心地が欲しかったな。全体に感じる寂しさは、もしかしたら、自分自身の中から生じているものなのかもしれません。秋から冬への寂しさなのかもしれません。
横浜に寂しさを感じたbunsen でした。


