黒い牛乳という書籍を10数年ほど前に読み、2つほど牧場に行ったことがあります。宮古の山奥の中洞牧場に行きました。同じ職場の宮本さんという、根室で牧場をしている家庭で育った同僚と一緒に出かけました。中洞さんは、黒い牛乳の著者です。
美しい牧場でした。臭くない。牛そのものも臭くない。365日完全放牧。
牛乳を飲ませてもらいました。青臭い感じです。宮本さんが、佐藤さんこの牛乳は極上品ですよ。僕にささやきました。
宮本さんと中洞さんの会話が面白かったです。脂肪分をあげないと農協が高く買ってくれない。夏の牛乳はどうしても草に含まれる水分が多く、脂肪分が落ちるんでね、冬の牛乳でバターを作って、夏の牛乳に混ぜるんですよ。宮本牧場ではそうしてました。ハハハ。中洞さんは面白そうに笑って、そういう方法があったか。それは知らなかった。
脂肪分の多い牛乳は穀物を食べさせないとそうはならないです。穀物はアメリカから買います。そうやって脂っこい牛乳は作られて消費者もそれをありがたく召し上がります。
普通に育った牛の乳はサラッとして草の香りがしますが、脂肪分の多い牛乳は口に残ります。
農協に出荷する牛乳は、一度検品して、他の生産者の出荷した牛乳と混ざります。そして、各業者に混ざった牛乳が納品となるらしいです。生産者には自分の生産した牛乳が消費者にどのように受け止められているか知ることはできません。
農協が悪いなんて言うつもりは無いです。生産者を生産に集中させることができるのは農協のおかげです。
ハートの部分と物理的な部分と情報と、生産と消費の距離を縮めていかないと、生産する喜びと消費する楽しさとが噛み合わないですね。さらに言えば生産者の悲しさ、自然に対する無力さを消費者も生産者と共有しないと、生産者は1人、2人と消えていきます。
気候が整えば良い作物が大量にできて、良い作物であるにもかかわらずかえって価格は暴落し、農家は出荷できず、そのまま畑に素晴らしい出来の作物を鋤きこむことになります。今、そのような市場環境で多くの農家は本当に泣いています。
もし首相が、大臣が、国民の皆さんに、今年は豊作で良いレタスがたくさん取れました。どんどん召し上がって下さい。と、ややもすると能天気な記者会見でも開けば、消費と生産のバランスが少しでも整うと思うのですが。
生産と消費が価格だけで結びつくのはとても危険だと思うのです。
原始の時代、豊作を喜び感謝して、お祭りを村総出でやったんでしょう。消費と生産は完全に一致して、苦楽が共有されて、とても素敵な社会だったと想像します。
ちなみに中洞さんの牛乳は今は市民権を得て、1本500円くらいで流通しているようです。



