
若い世代のお世話をしていた時があった。今はそういう言葉はないのかもしれないが、その中に性同一性障害の子がいた。本人はあっけらかんとしたものだが、僕男の人たちと一緒に着替えたり、風呂に入ったりするのは耐えられない。と、高校の時も別に着替えの場所を用意してもらったりしていたようだ。ある日、そのお母さんから、Bunsen さん、私あの子をなんで女の子として産んであげられなかったのか、本当に申し訳なくて、悔しくて。と泣かれたことがあった。
この問題は、価値観とか嗜好とかそういう問題でない。形は違えど彼は女性そのもので価値観とか嗜好の問題ではないのだ。そこには家族の苦悩があり、大切なのはその苦悩を取り除き、受け入れることなのだ。
政治家の言葉にはズレを感じるんだよな。


