一緒に菜園をやってきた義父が他界しました。病状が悪化して入院、入院から2週間のことでした。
4月から同居を予定していましたが、叶わず、もっと早くに同居ができていたらと後悔しています。死は一定、決まっていることなのに、誰も自分が死ぬとは思わず、貴重な時間を本意と異なる使い方をしたり、漫然とすり潰したりしてしまう。それで良いのかもしれないけれど。鳥の朝のさえずりを聞くと、今日は何して遊ぶか、どこに飛んでいくか、楽しく仲間と会話しているようで楽しそうだ。人間の朝とは明らかに違う。
義父は子供たちにとても優しく、自分の時間を家族のために費やしてきた。もっと気ままに、体が自由に動くうちに、小鳥たちのように使って欲しかった。申し訳なく思う。



