
30年くらい以前の会社の後輩が突然来訪。この暑い中、自転車で戸塚から来ました。ダホンの折りたたみ自転車で、帰りは八王子から電車の予定とのこと。しかし、ここまで、宮ヶ瀬を越えて来たとのことで、いやー登りきつかったろうに。
今日は、直売所組合の年に一回の総会です。なかなかゆっくりできません。地域の重鎮が1人2人と集まってきます。後輩はとうもろこし10本を自転車に括り付けてシャーっと去っていきました。
組合の総会では、組長のお声かけで地域の皆さんが集まります。こうやって、お店が再開したので、少量でも構わないので出品して欲しいと、佐藤農園からお願いします。
実際、作物を提供頂くのは、吉見農園さんとナカヤマファーム、それと小杉ファーム。そうです。小杉ファームが皆さんに紹介されました。
この直売所に人が来る。そのこと自体が大事だと、吉見さんから、お話がありました。昔の話では、きゅうりを築地に卸すトラックが、青野原から出てて、荷台に隠れて乗って行ったとのこと。警察にバレないように荷物の中に隠れるのがたいへんだったと。元気いっぱいのお話です。
去年来ていただいた方のうち3人くらいでしょうか、体調が悪くご欠席でした。出品についても自分たちで食べる分くらいしか作れない、といったようなお話が多くて、直売所を賑わかすような話にはなっていかないです。
会合の最中もお客様が訪れます。Ryokoが対応します。ナカヤマさんから、芝生が綺麗だと、小杉さんから、オーニングが雰囲気が良いとのお話で、少し、明るい話題も。お客様の数は昨年と比べてとっても増えました。良いこと。後は、作り手のモチベーション次第です。みなさん、へっぽこ佐藤農園と比べれば野菜作りはプロです。体力がついていかない。日本の農村の構造的な課題、その縮図を見るようです。必要以上に強く野菜を持ってきてとも言えません。
会合はお弁当を食して終了、組長からは、来年の会合で組合のストックマネーは終了するとのお話で、肩の荷が降りるようなご様子でした。
散会の後、2人になって、トウモロコシも売り切れて、静かな時が流れます。うとうとと睡魔が。椅子に座ったまま寝てしまいました。道を行くバイクの音で目が覚めて、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなりました。
様々な思いが頭を巡ります。この直売所、大きなポテンシャルを感じているのは私だけなのか、いや、そうではあるまい。青野原農産物直売所の大きな看板には電柱に貼られた映画のポスターのように、近くにできたおにぎり屋さんのポスターが貼られ、その様子が、この直売所の方向性の無さを象徴するようです。
看板に貼られては、掲示板では無いので、とても残念です。ナカヤマさんが、これ貼ったんですか?と、賢い人です。違和感を感じたのでしょう。気がついたら貼られていたんだよ。寂しげに返答しました。組長が了解して貼っている場合もあるし、地域の営みなのかも知れないので事情を確認することも拒むことも容易では無いです。
何年も捨て置かれた直売所は地域の直売所としてはすでに認知されず、扱いようの無いモニュメントと化し、考えてみれば、それが理由で佐藤さんに出荷場所として貸されたわけで、そこに思いを持たそうとする佐藤さんには、逆に、地域の方からは違和感を持たれているのかもしれません。
前のことです。青野原の高齢化の流れで、地域の皆さんが農地、宅地を手放したく思っているとの吉見さんからの話があって、佐藤さん青野原に住まないか?との突然の会話の流れ、bunsen はぼーっとそれも悪く無いかと思っていたら、Ryoko は、私は田舎での生活がどういうものかを知っている。藤野から通うような距離感がちょうど良い。ただ、この直売所は買えるのなら買いたいです。と、全くそんな話もしていないのに即答。普段優柔不断なRyoko の即応にびっくり。すると、一緒に話をしていた中山さんも僕も農地買いたいです。と、即反応。吉見さんは、直売所はちょっと買いにくいかな。農地はもしかしたら売りたい人も多くいて、まー、青野原の高齢化はそういう状況ほど深刻ということ。
それで話は終わりましたが、後でRyoko に聞くに、叱られた。
Bunsenには田舎には住めない。都会で育っていて、地域社会をあなたが理解することは無理なのよ。前の会社でも浮いたでしょ。それはあなたが都会育ちだから。会社ってのは村社会なのよ。その理解がないから住めない。でも、直売所は別。もっと費用をかけたいと思っても今のままではなかなかできない。綺麗にしたり、ちょっと置いたりぐらいしかできない、Bunsenはもどかしく思っているでしょう。ナカヤマさんも農地にそういう思いを持ってると思うわ。
普段ぼーっとしてるRyokoだが時々驚かされる時があります。
時のしからしむるのみ。いずれにしろ、直売所は地主さんは組長。私たちが悩む話では無いです。直売所を直売所らしくお借りするのみです。憤りや焦り、そういったものは余計なことだです。


